〜 信仰を訪ねて 〜

異形の仮面神 ボゼ

 2000Km以上にわたって細長く伸びる日本列島では、地方ごとの特色に溢れた風俗が育まれ、様々な祈りの形が伝えられて来ました。一般には知られていない、けれども奇想天外な祈りの姿も、実は数多く存在します。たとえば、仮面神ボゼ。異国の香り満ち満ちた不思議な神様が、今回の主役です。

写真提供 鹿児島県・十島村役場

 私たち日本人にとって最も大切な夏の行事といえば、お盆行事でしょう。なにしろ「お盆休み」として、そのための休暇まで用意されるのですから。言うまでもなくご先祖様をお迎えしてひと時を共にするこの行事、ひとくちに「お盆」と呼びますが、地方地方でそのやり方は様々です。
 このお盆に、東南アジアさながらの派手な神様が登場するなんて信じられるでしょうか。鹿児島県トカラ列島悪石島、その名も奇妙なこの島が、今回の舞台となります。
 
日本の秘境 トカラ
 トカラ列島は鹿児島県でもかなり南、屋久島と奄美大島の間に位置する、日本の秘境といわれる離島群です。有人無人合わせて十二の島からなるトカラ列島の、中程に位置するのが悪石島。初めて名前を聞いた方がほとんどではないでしょうか。
 その悪石島のお盆行事の最終日、旧暦7月16日に登場するのが、ボゼ神です。村の男性がボゼ神に扮し、村人の前に出現するのですが、すでに述べたようにこの神様のいでたちは日本の様式とは程遠い、むしろ南国のそれを連想させます。棕櫚の皮とビローの葉で全身を覆い、顔には赤土で赤く塗られた面を被ります。琉球竹の骨組みに紙を貼り合わせて作られた巨大な面には、これまた巨大な目と口が備えられ、一見するととても神様とは思えません。
 独特の風体のこのボゼ、その正体は何なのでしょう?

謎の異形神
 ご先祖様が子孫を訪れるのがお盆ですが、そのとき一緒に他の悪い霊も紛れ込むと、この地の人々は考えました。お盆最終日に現れるボゼは、先祖霊とともに紛れ込んだ悪霊を追い払い、この世に生きる人々を日常に引き戻す役目を担っていると説明されます。強い力で新しい活力に満ちた生活をもたらすボゼは、そもそもはお盆ではなく正月行事に出現していました。つまり秋田県のなまはげのように、新たな年(時期)の神として古い穢れを祓うのがボゼの元々の性格なのです。
 ではその姿形から想像されるように、南方から伝来した神なのかといえば、その源流はわかっていません。ただ本州とも沖縄とも異質な、はるか昔の奄美の文化を継承しているとも考えられるこの信仰は、海外の学者からも注目をされているのです。

ボゼの力
 「遠くの者は耳で聞け、近くの者は目にも見よ」。お盆最終日、男性だけで踊られる盆踊りが終わる頃広場で述べられるのがボゼ出現の口上。午後三時という昼日中にもかかわらず、恐怖の色を隠せない子供たち。太鼓の音と共に告げられる出現予告は、その場に異様な緊張と興奮を生み出します。
 そして現れるボゼ!三体一組で突如疾風のように出現した彼らは、子供や女性にターゲットを定め、走り迫ります。辺りは騒然、悲鳴を上げながら逃げ惑う子供たち。ボゼの手に握られているのは、先に赤土の塗られたボゼマラという棒。マラの言葉どおり男性器を示すこの棒に突かれ赤土を付けられると、悪霊は体から追い出され、さらに女性は良縁・子宝に恵まれるとのこと。けれど場内に満ちるのは感謝と崇敬ではなく、喧騒と混沌。途中踊りを披露しつつ、そして彼らはまた一陣の風となって去っていくのです。
 県の無形文化財であるこのボゼ祭りからは、荒々しく鮮烈な力こそ邪悪を破ると信仰した、トカラの地に生きた人々の息遣いを感じることが出来ると言えるでしょう。