〜 信仰を訪ねて 〜

田の神様をおもてなしあえのこと

 2000km以上にわたって細長く伸びる日本列島では、地方ごとの特色に溢れた風俗が育まれ、様々な祈りの形が伝えられて着ました。今回ご紹介する「いざなぎ流」では、人々の祈りは幣の姿へと集約されます。そこに託された思いとは、どのようなものなのでしょうか。
 

 

 皆さんが神棚や仏壇にお供え物をされるとき、どんな気持ちでなさるでしょうか。「いつもありがとうございます、どうぞ召し上がってください」そんな思いを持たれているかもしれませんね。
 日本人は目に見えない存在にも、そうした「もてなし」の心を忘れませんでした。その顕著な例が、今回ご紹介する「あえのこと」です。

 あえのことが行われるのは石川県、奥能登一円の農家です。12月5日、それぞれの家の主が田んぼに赴きます。田の神様を自宅にお招きするためです。主は目に見えない田の神様を道案内し、玄関の戸を開け、座敷にお通しします。
 あえのことの「あえ」は「饗」といいます。すなわち「もてなす」ということ。家の主が田の神様をおもてなしして、今年一年の稔りに感謝するというのがこの行事の目的です。

 そこで主は神様を、まずはお風呂へご案内。適当な湯加減をお伺いしてご入浴いただいた後、再び座敷へ。種籾の俵を据えてしつらえた神様のお席にご案内をし、お膳をお進めします。田の神様はご夫婦と考えられているため、お膳も二膳。小豆飯やメバルの尾頭付きなど、献立は一つ一つ丁寧に説明。一時間ほど召し上がっていただいた後、お膳を下げ、家族でお下がりをいただきます。
 家々により多少の違いはありますが、こうして田の神様に我が家で年を越していただくのです。


 30年ほど前に国の重要無形民俗文化財に指定されたこのあえのことは、現在ユネスコの世界無形遺産候補となっています。国内にとどまらず世界からもその価値を認められようとしているのは、「家主のひとり芝居」のように、ただ行事の特殊性が注目されているだけだからではないでしょう。そこには、日本人が守り育んできたもてなしの心…目に見えない存在にも感謝をし、労いたいという美しい想いが受け継がれているからこそではないでしょうか。

 年が明けて2月9日。自宅でともに過ごした田の神様を、主は田んぼまでお送りします。再びの豊かな稔りを願って。