〜 信仰を訪ねて 〜

湖水湛える聖地 諏訪(前編)

 信州諏訪。ぐるりを日本アルプスに囲まれつつ諏訪湖を抱く長野県諏訪地方は、その美しい自然はもちろん、諏訪湖を中心に四つのお宮を構える諏訪大社、数々の美術館や温泉など観光地としての姿を連想される方が多いことでしょう。
 現代ではそうした顔を持つ諏訪ですが、そもそもは諏訪大社を中心とする宗教都市。山々に守られ中央政権からの影響を受けづらかった当地は、独自の一大聖域を築いていたのです。
 今回は、聖地諏訪の顔に迫ります。

 

諏訪湖と八ヶ岳
写真提供 天竜川上流河川事務所

 
●くにゆず国譲り

 古事記に伝わる国譲りの神話は、皆様ご存知でしょうか。天照大神(あまてらすおおみおかみ)の率いる天上の神々がこの日本の国土に降るにあたり、もともと地上に栄えていた神々に国土の譲渡を持ちかけるというエピソード。日本神話中のハイライトの一つですが、ここで登場するのが諏訪大社の主祭神、建御名方神(たけみなかたのかみ)です。
 建御名方神は国土の神の一柱として天上の神々に抵抗を試みますが、力及ばず降伏。出雲から諏訪まで追いつめられます。場所は諏訪湖、あわやというきわ際で建御名方神がこう言います。

「我をな殺したまひそ。この地を除きては、他處に行かじ」

どうか殺さないでくれ、この諏訪の他にはどこにも行かないから―。
建御名方神は諏訪の地から一歩も出ないことを約束し、この地の神となったのでした。

●もう一つの顔

 さて、古事記ではこのように伝わる建御名方神、一見するとなんだかあまり強くない神様のように思えてしまいますね。ですが諏訪大社はかつて武家の崇敬非常に篤く、建御名方神は軍神として崇められていました。元寇(げんこう)の折に外敵を退けた「神風」を吹かせたのも、かの神との伝承も。
 どうやら古事記に描かれた神話とは別に建御名方神に対する神話・信仰が、古来存在していたようです。
洩矢神(もれやのかみ)。この神こそ、もう一つの信仰を読み解く重要な存在です。


洩矢神

 洩矢神というのは、そもそも諏訪の地で祀られていた土着神です。
 室町時代初期に編纂された「すわ諏訪だいみょうじん大明神えことば絵詞」という書に描かれた、もうひとつの国譲り神話―それが、建御名方神と洩矢神の戦いです。
 出雲より諏訪に攻め入る建御名方神。それを阻む洩矢神は、天竜川で迎え撃ちます。武器はそれぞれ、藤の蔓と鉄の輪。激しい戦いの末、洩矢神は敗れ、建御名方神に諏訪を譲るのです。
お気付きかもしれませんが、この神々の戦は、外来の出雲族と土着の諏訪の民との戦いに他ならなかったのでしょう。
 ただし、諏訪の民は出雲族の支配下とはなりますが、その力は強大で共存と言える体制を作り出します。神々においても同様で、洩矢神とその信仰は失われるどころか連綿と続くのです。
 キーワードはミシャグジ様、大祝(おおほうり)、御頭祭(おんとうさい)、そして御柱(おんばしら)。次回、その信仰を紐解きます。