〜 信仰を訪ねて 〜

北海道 アイヌ信仰

2000km以上にわたって細長く伸びる日本列島では、地方ごとの特色に溢れた風俗が育まれ、様々な祈りの形が伝えられて来ました。本州と海を隔てた北海道、そこに古来住むアイヌ民族の生活文化も新鮮な驚きに満ちています。今号ではそのアイヌ民族の信仰を紹介します。
 
 かつて蝦夷地と呼ばれた北海道は、弥生時代より本州以南とは異なる歴史と文化を形成してきました。その主役が、アイヌ民族です。江戸時代松前藩下に置かれた際も、その統治或いは交易の中で本州の影響を強く受けながらも、彼らの個性を失わず今日まで守り伝えて来ました。
 中でも彼らの人生・生活の中心となる信仰には、本州には見られない大変興味深い特色があります。

●カムイ
 「カムイ」とは、アイヌ語で「神」を意味します。アイヌ民族の神観念は神道のそれとよく似ていますが、大きな相違点も見られます。まずはその点について眺めてみましょう。
 ご存知のように神道では、様々な事象を「神」として信仰してきました。太陽の神、山の神、川の神、屋敷の神、台所の神など、数え切れません。まさに八百万の神様がいらっしゃるわけです。
 アイヌの人々も、自分たちの身の回りの事象すべてを「神」、すなわち「カムイ」として考えてきました。神道と同じく、太陽のカムイ、山のカムイ、川のカムイ、屋敷のカムイ、台所のカムイといった具合です。神道になぞらえるなら、「八百万のカムイ」がいるわけです。
 けれども、例えば私たちが八幡様を「尊く畏れ多い存在」と考えるように、彼らがカムイを捉えているかといえば、そうではありません。アイヌの人々にとってカムイは、自分たち人間と対等な存在なのです。ですので、彼らはカムイに対して感謝もすれば、不満があればそれを伝えもします。
 またもう一つの大きな違いは、神道では例えば山の神とは、「山そのもの」或いは「山に宿る存在」と考えます。一方山のカムイとは、「山の姿(着物)をまとったカムイ」の意味なのです。
 すなわち、アイヌの人々はこの世の事象はすべて、異世界から来たカムイがそれぞれの事象の「着物」をまとって現れたと考えているのです。そしてその着物を外したカムイ本来の姿は、我々人間と変わらないとも信じられています。

●イヨマンテ
 さて、「イヨマンテ」という言葉をご存知でしょうか。「熊送り」と訳される、アイヌ信仰を代表する有名なお祭りです。
 このイヨマンテの意義を一言でまとめるなら、「熊の着物を着たカムイを元の世界へ送る祭り」と言えます。では何故、熊なのでしょうか。
 アイヌの生活にとって、熊の肉体がもたらす恩恵は大変貴重でした。毛皮、肉、肝等々肉体のほぼすべてを生活資源として使用していました。アイヌの人々はその多大な恩恵に感謝するとともに、熊を最も高いカムイと考えたのです。
 イヨマンテは、主に生け捕りにして一〜二年育てた子熊を、盛大な宴を催してもてなし、儀式の中でその命を絶つことで、カムイを神の国に送り返すというものです。動物の命を絶つことは私たちから見れば残酷にも思われますが、決してそうではなく、彼らにとってはカムイを解放する大切な手立てなのです。解放され神の国に帰ったカムイは、多くの仲間を連れて再び人間の世界へ戻ってくると信じられており、そのためイヨマンテは彼らの生活に欠くことのできない祭りなのです。